凶器を楽器に持ち替えよう運動 その12

今回はバンドでプロになる!!をテーマに書いていきます。

初の主催ライブから数年経ち、友達もバンドもめまぐるしくその間は変わりました。
女性Voのバンドを組んでみたり、イエモンコピーバンドを組んでみたりほとんどが1回のみのパーマネントなバンドでした。

そんな時に以前出会っていた年上のマジ半端ないソングライティングをする人に出会いました。
今でいう斉藤和義さん的な独特の世界を感じさせる曲をソロで、その頃発売したばかりのデジタルMTRで音源を作りライブをしていました。

そしていつの間にか会社の人達とバンドを作ってLIVEしていました。
とにかくそのバンドに入りたくて僕が入れるレベルなのかを確認するためにLIVEチケットを買って様子を見に行きました。

結果はVoのN君だけが目立ってしまているワンマンバンドでした。
当時はミスチルスピッツといったハイトーンのVoが作詞作曲を全てするバンドが多かったですね。

その中でも僕はエレファントカシマシイースタンユースというバンドが好きでN君をPOPでキャッチ―な世界からエモい世界へ誘いたかったのでひたすらに念じていました…
「ギター担当辞めろ!!」
願いが通じたのかそのライブでギターが故郷に帰るので脱退する事が発表されました。

すぐさまN君の電話番号を初対面の人達に聞きまくりストーカー寸前の行為をして電話番号をゲットして留守電にありったけの思いを込めてメッセージを入れました。

3日位後に何度も行き違いながら要約電話を取ることが出来ました。
そうしてそのバンドを全てギターで弾ける事とオアシスとイエモン曲を1曲ずつコピーしてくることを条件にオーディションしてもらえることになりました。
オーディションなんて初めてだったので緊張もしたし、自分はココはこう表現したいというポイントのアレンジ案も持っていき無事オーディションに合格しました。

その日の内にミーティングをして東京にで勝負しよう。
と提案しました。
こんなにソングライティングがずば抜けていて地方でくすぶっていてはいかん!!
と年上のメンバーを説得しました。

当時インターネットというものがまだ始まったばかりだったのですが東京の物件をインターネットで年上のメンバーが探してくれました。

そして小手調べにまず名古屋のライブハウスに出て、てっぺんを取ろう!!
と目標を決めました。
かつてから名古屋のメジャーの登竜門と言われ恐れられていた社長のいるライブハウスEにレギュラーバンドのオーディションの申し込みに行きました。

初めて入るライブハウスの事務所。
映画で見た事あるようなボロボロなんだけど清潔感もあってコーヒーと煙草の匂いのムンムンする部屋で自分達の生演奏とデモテープを録音したCDを持ってブッキング担当の社長ではなく、PAをやっているYさんと会って話をしました。

かなり威圧感があり、
自分達でチケットを売って名古屋に客を呼ぶ練習とクオリティの高いライブを期待してる。
と言われその日は帰る事になります。

そのYさんと後日大揉めしてプロとは何ぞや??
を説教してもらう事になるとは当時は思いもせずに軽い気持ちで書類を記入して音源を置いてきました。

次回はライブハウスはライフハウス初めてのオーディション!!
です。

ご完読いただきありがとうございました。